沿革
1988年、東京に開設されたドイツ-日本研究所(DIJ)は、純然たる学術研究のための機関であり、1829年に初めてドイツ考古学協会としてローマに設立され、1888年同じくローマのドイツ歴史研究所、1897年フィレンツェの美術史研究所と発展していった、ドイツの海外学術研究所の長い伝統を継承するものである。第二次大戦後、ドイツ連邦共和国はこの伝統を受け継ぎ、1961年東方研究所をベイルートに、またドイツ歴史研究所を1958年パリ、1975年ロンドン、1987年ワシントン、そして1993年ワルシャワに設立していったのである。
当初研究所設立の目的は、海外におけるドイツ史と関連した情報源の探索に置かれていたが、やがて研究の視点は急速に拡大され、ヨーロッパの歴史と文化が総合的に対象とされていく。そして今日における活動の重点は、一国に限定された歴史と文化研究の超克にあり、お互いに深く関わりあった共通の背景を認識し、それを通して自らの立場と距離を保ちつつ見つめ直すことに置かれている。
ここ数十年の世界における日本の役割とその重要性の増大は、現代日本に関する情報の必要性を各国において認識させてきたが、1984年、ドイツ東方学会は日本に学術研究機関を設置すべきとの案をドイツ政府に提出するに至ったのである。ドイツ学術会議とマックス・プランク協会はこの提案を検討し、ドイツにおける現代日本研究のより一層の発展に重点を置くことを前提として、ドイツ-日本研究所の設立に賛成したのである。その際、日本の政府と多くの学術機関も支援を惜しまぬことを確約した。
ドイツ-日本研究所は1988年から2002年まで、ドイツ連邦政府の出資によるフィリップ・フランツ・フォン・シーボルト財団により運営されていたが、2002年9月1日より連邦政府がボンに新たに設置したドイツ海外研究所財団 Stiftung Deutsche Geisteswissenschaftliche Institute im Ausland (DGIA) に参入した。
運営委員会
運営委員会は以下の組織から構成されている
- ドイツ連邦政府
- ドイツ研究財団連盟(Stifterverband für die Deutsche Wissenschaft)
- ドイツ学術振興協会
- マックス・プランク協会
- アレキサンダー・フォン・フンボルト財団
- 各研究所顧問会代表
委員長 ハインツ・ドゥフハルト
顧問会
名誉顧問 岡本 道雄(国際高等研究所特別顧問・京都大学名誉教授)
顧問
- クリスティアン・キルヒナー (学術顧問会会長、ベルリン・フンボルト大学教授)
- 青木 昌彦 (スタンフォード大学名誉教授、一橋大学大学院客員教授)
- ゲジーネ・フォリアンテ-ヨースト (ハレ・ヴィッテンベルク大学教授)
- 林 香里 (東京大学大学院准教授)
- シュテフィ・リヒター (ライプツィヒ大学教授)
- ヴォルフガング・ザイフェルト (ハイデルベルク大学教授)
- キャリン・シャイア (デュイスブルク・エッセン大学教授)
- ギセラ・トロムスドルフ (コンスタンツ大学教授)
- クラウス・フォルマー (ミュンヘン大学教授)
研究所の目的と課題
ドイツ-日本研究所の目的は、現代日本の文化、社会、経済、日独交流史等の研究を通して相互理解を深めるための一翼を担い、研究の成果を通してドイツにおける日本に関する研究の発展に寄与するとともに、将来に向けて若い研究者を育成していくことにある。以上の目的を達成するために、当研究所は次の課題を設定している。
- 人文、社会、経済の各分野において現代日本を対象とした研究を行う。
- 日独交流史の調査研究とその資料の収集に努める。
- 若い研究者に博士号を取得するための奨学金を与え、日本における研究を助成する。
- 日本の学術研究機関ならびに研究者との緊密な協力を求める。
- ドイツ語で出版された日本に関する出版物を可能な限り収集し、世界の研究者達に提供する。
そこれに加え、当研究所は「現地」における日本研究の一つの中心との理解から、世界中の日本研究者達との緊密な情報交換の場となるよう努める。 |