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Deutsches Institut für Japanstudien

ナディン・へー

歴史学、東洋美術史、日本学歴史学、日本学
2005年3月 〜
(奨学生, 2005年3月1日 - 2006年2月28日)



  • 身体の演出: 明治時代に於ける権力と美
    (博士論文:チューリッヒ大学、サラシン教授)
  • 明治時代に於ける公的演出、又は社会的流動性
    (特別研究プロジェクト640の一部:フンボルト大学ベルリン
  • 博物館学、コレクション研究
    (「摺物」プロジェクト:リートベルグ東洋美術館チューリッヒ、デザイン博物館チューリッヒ、セーンスバリー研究所、ロンドン)


博士論文の概要


身体の演出: 明治時代に於ける権力と美


1854年、アメリカによる軍事上の圧力に対しての開化の結果として、日本人の「日本的」身体に関する関係と感覚が徹底的に変容した:明治初期に異なる「西洋的」身体との具体的接触と直接談判は行われた。文明開化の一部として新たな身体理想を生み出した。そして、1860年には第一歩として「西洋的」身体理想の追随が行われたと思われる。その際「西洋的でない」「野蛮」な身体に対して、「文明化された」身体の模範は構成された。それに従って、身体を被さり、形成する「権力のネット」(ミシェル・フーコーによる概念)が発達した。それと同時に個人の美的感覚に影響を及ぼすメカニズムが働いた。一方でそれは世界に対する収容に変容を与え、一方で自分の身体に対する経験や関わりを変えたし、それを確定された。それに従って、1870年代には身体演出は以前の二倍ほどに見られるようになった。書面的あるいはビジュアル的な解釈コードは個人的にそれぞれに身につけられた。身体は近代の「生きているアレゴリー」となった。そして二重に身体に「書き込まれた」と考えられる。例えば髪型というアイデアは男性長髪禁止の実行として短髪の形で身体に「書き込まれた」。それと同時に、個人の身体演出(短髪の保持者)を継続しながら、第三者に対して「文明化」された身体として布教された。博士論文では「文明化」された身体と同時に雑多な演出の仕方、あるいは新たな「日本的」身体や「国体」を分析したい。


明治後半から愛国心といものが現れたという既存研究に対し研究では、20世紀の日本史を形作るメカニズムや構造は、既に明治初期に生まれたと顕示したい。その展開期を「自己植民化」という概念で定義すると同時に、一次の進歩という表象に固執せず、あくまでも分析の中心は美、国家の代表、そして権力の一つの存在としての身体演出としたい。