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Deutsches Institut für Japanstudien

イノベーション戦略とテクノロジー政策

プロジェクト期間: 1994年-1998年

テクノロジーとイノベーションに関する領域では、民間企業と国の機関とのあいだの協同作業はどうあるべきかが中心的な問題となっている。したがって、ここではこの両者の側面から、制度的な枠組みにとくに注目して、研究を進めることとした。

過去50年のあいだ、日本はめざましいテクノロジーの発達を体験し、低開発で海外の技術に依存する国から、科学技術によって世界をリードする地位にまで上昇を遂げた。その際中心的な役割を果たしたのは民間企業であり、国家の役割は主としてテクノロジーの急速な普及を可能にするための環境の整備に限られていた。

1990年代になると、日本ではテクノロジーに関して根本的な方向転換を行うことが不可欠であるとの共通認識が生まれてきた。この背景にあったのは、科学技術の分野において西欧諸国の水準に追いつく過程はすでに終了したのであり、日本は今や科学技術の発展を独自におこなっていかねばならない、とする見方であった。しかし、この日本のテクノロジーにおける構造転換は徐々にしか進行しなかった。それは、制度的な枠組みが、なおも海外から技術を移転し普及させることによって西欧の水準に追いつこうとしていた時代のままであったからである。

本研究プロジェクトでは、以下のような結論が得られた。

1) 日本の産業部門の民間企業は、他の主要な工業化諸国のそれと比べても、技術の上ではきわめて高い水準にある。1980年代には大規模な設備投資がおこなわれ、これにより長期にわたるテクノロジーの発達が可能となった。また1990年代に入ると、競争の激化に対応して、短期・中期的に成果を収めうるような開発プロジェクトにリソースが集中させられることとなった。

2) 最近に至るまで日本政府による研究促進政策・テクノロジー政策の特徴は、研究基盤の整備への投資を比較的に押さえ気味にして、むしろ技術的な知見の普及拡散に高い優先順位を与えることであった。しかし1990年代に入ると、研究と技術開発の分野における国家の助成は際だって増加し、技術革新の促進が大きな比重を占めるようになった。

3) 日本の大学・教育制度は、高い一般教育水準の達成を目標とすることで、科学技術における日本の遅れを挽回することに寄与した。しかしその反面、高い能力を持った専門家の養成はなおざりにされていたと言える。大学院教育の充実といった部分的な軌道修正は、最近になってようやく始められた。

4) 高度テクノロジー資源のため必要な労働力や資本を企業の外から獲得できるような市場は、日本ではあまり発達していない。そのため、技術上の知識も、またその向上に必要な資本も、ともに主として大企業に集中してしまっている。1990年代になると、国家がベンチャー事業に対する信用の供与などの助成プログラムによる支援をはじめ、その結果次第にこれら外部市場の活性化がみられるようになった。


スタッフ

マーティン・ヘンマート (〜 1998年5月)
経済学