Deutsches Institut für Japanstudien nav lang search
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Deutsches Institut für Japanstudien

場所

2005
年5月18~2005年6月5


崎・日南展
飫肥城 松尾の丸

http://www.kankou-nichinan.jp/kanko/kanko_obijou.html
http://miyazaki.daa.jp/obi/
http://www.jalan.net/kanko/SPT_166654.html

2005年7月8~2005年7月19


知・名古屋展
名古屋国際センター 4F第二展示室

http://www.nic-nagoya.or.jp/http://www.nic-nagoya.or.jp/access%20to%20nic.htm

2005年7月25~2005年9月25

愛知・明治村展
博物館 明治村 三重県庁舎特別展示室

http://www.meijimura.com/
http://www.meijimura.com/115/01.html

2005年10月3~2005年10月14

大阪展
朝日新聞社大阪本社 アサコムホール

http://www.asahi.com/shimbun/saiyou/info/access/accessmap02.html

2005年10月29~2005年11月17

東京展
朝日新聞東京本社 朝日新聞2Fギャラリー

http://www.asahi.com/shimbun/saiyou/info/access/accessmap01.html



日露戦争百周年記念展覧会 『ヨーロッパから観た日露戦争 ― 版画新聞、絵葉書、錦絵』

2005年5月18日 - 2005年12月31日

ヨーロッパの近代日本に対する認識を大きく左右したのが、1894-95年の日清戦争や1904-05年の日露戦争における日本の勝利であった。軍事大国であることを証し立てることによってはじめて、極東の島国であった日本はヨーロッパから対等として認められたのである。とりわけ、すでに日本陸軍の近代化に大きく貢献したドイツにあてはまる。一方、新興国日本に対する対抗意識、差別的思考もなお根強いものがあったことは、黄禍論といったスローガンや皇帝ヴィルヘルム2世の「フン族演説」などからもうかがえよう。しかしどちらの立場を取るにせよ、当時軍事大国の筆頭格に擬せられていたロシア帝国に対して日本がおさめた勝利は、日本に対するドイツならびにヨーロッパの認識に関してきわめて重要な役割を演じたのである。

 「日本におけるドイツ年」の一環として、また日露戦争100周年を記念して開催される本展覧会は、今をさかのぼる一世紀前にドイツやヨーロッパがどのように日本を受容していたのかを示そうとするものである。展示品の中心をなすのは、版画新聞(Bilderbogen、 「一枚絵」)のコレクションとしてはヨーロッパ最大の規模を持つノイルッピン市美術館版画新聞コレクションの収集物である。版画新聞とは、絵入り新聞の前身であり、19世紀及び20世紀初頭における典型的な初期のマスメディアであった。当時はニュースは版画新聞として挿絵入りのかたちで広められたのである。東アジアの政治状況が版画新聞に登場し始めたのは19世紀の半ば以降のことであった。これらの版画新聞は、その後の日独関係を規定することとなった決定的な時期に東アジアがどのように認識されていたのか、またドイツやヨーロッパの日本イメージはどのようなものであったのかを目に見える形で示してくれる、政治史的にも文化史的にもきわめて興味深い同時代史料といえよう。版画新聞以外には、ヨーロッパで発行された絵葉書、ヨーロッパ人が収集した錦絵、版画などが展示に含まれる予定である。

関連研究プロジェクトおよびプログラム

日独交流史