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Deutsches Institut für Japanstudien
Contemporary Japan 23, No. 1

細部

2011, Mouton de Gruyter, Berlin and New York [注文]

著者

フローリアン・コールバッハ
カローラ・ホメリヒ

Contemporary Japan 23, No. 1

Lifestyles in Transition - Antecedents and Consequences of Social Change

Contemporary Japan 23, No. 1

Numerous experts have pointed out the rapid changes that Japanese society has been undergoing in the past few decades (see, among others, Coulmas 2007; Kingston 2011; Sugimoto 2009; Yamada 2004). While all societies change, “the pace and scope of change in Japan has been staggering and deeply unsettling in many ways for its citizens” (Kingston 2011: 20). Many of these changes are reflected in both the transformation of individual lifestyles and in Japan’s changing social reality.

For Volume 23 of Contemporary Japan the editors invited papers that cover diverse facets of a pluralization of lifestyles witnessed in Japan in recent years. In addition to dramatic socio-economic changes, Japan is undergoing a shift from “solid” to “liquid” modernity (Bauman 2007) in which frames of reference for life planning and individual action have become blurred and multiplied.

The two issues approach the topic of lifestyles in transition from various angles. Themes covered in Issue 1 indicate the scope of the subject matter and the multiplicity of areas where these transitions can be witnessed. The five papers, nevertheless, share a common analytical frame relating to struggles in identity formation and life design solidification in times of change and liquidization. Issue 2 focuses on changing lifestyles in relation to work and employment. The contributions to the second issue cover labor economics and institutional employment practices as well as popular culture/poetry and gender studies. The research methodologies are equally varied and include large sample surveys of individuals, content analysis of poetry and qualitative interviews.

コンテンツ

Grăjdian, Maria
Kiyoku, takashiku, utsukushiku: Takarazuka Revue and the Project of Iden (清く、正しく、美しく。 宝塚歌劇とアイデンティティの(再)固定化プロジェクト)

超大国の定義を文化発信力の問題として再定義しようとする日本の潮流の中で、大衆娯楽である宝塚歌劇は常にその流れに従ってきた。宝塚歌劇は、いまでは時代おくれな女性歌劇でありながら、1913年の結成以来、進歩的なパフォーマンスで、アイデンティティと他性、モデルとコピー、男と女など非対称な関係から生じる相互作用を劇的な歌曲、豪華な衣装、そして華やかな舞台で包み込みながら再現してきたのである。

本稿は、戦後、すなわち1946年の宝塚大劇場の再開以降における宝塚歌劇のアンドロギュネス的カリスマである男役と一見協調的で従順な娘役とが醸し出す緊張感に焦点をあてながら、宝塚歌劇の構成、発展、宣伝の戦略を取り上げる。

そして宝塚歌劇団が、いかにして、新しいタイプの 文化的帝国主義、すなわちイデオロギー的基盤および後期近代のアイデ ンティ ティの美的上部構造としての「愛」を用いて、自らの(また幅広い意味において 日本の)歴史的世界観を構築し、 作り上げ、広めようとしたのか、その戦略について検討する。本稿は、宝塚歌劇団によるアイ デンティティ(再)固定化のプロジェクトの核 心、すなわち存在態 度としての優しさ(tenderness)に基づく新 しい文化意識を明らかにするものである。

DOI: 10.1515/cj.2011.002 [external]

pp. 5-25

Hambleton, Alexandra
Reinforcing identities? Non-Japanese residents, television and cultural nationalism in Japan (アイデンティティの強化?日本における在留外国人、テレビと文化的ナショナリズム)

1997年から2007年の10年間で、日本における在留外国人の数は総人口の1.69%を占めるようになり、戦後最高となった。それと同時に人、資本、メディアのトランスボーダー化もかつてない速度で進み、外国人が出演するテレビ番組が著しく増加した。

本稿は、日本の在留外国人が日本のバラエティ番組に登場する現象に焦点を当て、近年放映された番組を対象に、言説分析の手法と番組出演者に対するインタビューを通して、在留外国人がいかにしてメディアによって「他者」として映し出され、そのことがいかに日本の文化的アイデンティティを強化しているかを考察する。

在留外国人が出演する番組はしばしば、日本が抱えている問題を国際的な視点で考える機会として宣伝されているが、実際にはそうした問題を真摯に検証することなく、日本と世界との差異を一種のエンターテイメント化することで、「他者」として在留外国人を表象し、日本の文化的アイデンティティの強化に寄与しているのに過ぎないのである。

DOI: 10.1515/cj.2011.003 [external]

pp. 27-47

Hansen, Gitte Marianne
Eating disorders and self-harm in Japanese culture and cultural expressions (日本文化における摂食障害と自傷行為)

1980年代以降、日本では女性の摂食障害と自傷行為が増加の傾向を見せるようになった。社会文化的なアプローチをとる本稿では、これらの行為が、日本文化に根ざし、いまや女性の日常的な生き方に組み込まれていることを示したい。

文化的•歴史的に構築されたフェミニニティと社会的疎外への怖れを要因として、日本女性の生き方は、一方で過度にフェミニニティに加担しながら、他方では規範的な「女らしさ」に組み入れられることから逃れようとするという逆説的なあり方を示している。

これと平行して、摂食障害と自傷行為は日本の文学、マンガ、映画から歌謡曲に至るまでの日本の文化的表現領域で、明白な形で主題化されている。

これらさまざまな媒体における表象に、こうした生き方のうちにある女性の経験に立つ記録等を加え、本稿は、摂食障害と自傷行為の問題がいまだ明白な形で意識されていない社会で、こうした社会心理学的な表象と指標がいかにこれらの問題を顕在化させるうえで力を発揮するかを、概念化するものである。宮崎駿の2001年公開のアニメ映画「千と千尋の神隠し」は、女性の生き方の問題としての摂食障害がいかに一般的娯楽のレベルで規範化の対象になるものであるかを考えるうえで、一助となるはずである。

DOI: 10.1515/cj.2011.004 [external]

pp. 49-69

アイザック・ガーニエ; Gagné, Isaac
Spiritual safety nets and networked faith: The “liquidity” of family and work under late modernity (スピリチュアル・セーフティーネット: 後期近代における家族と雇用の「流動性」)

世界的な経済危機も含め20年に及ぶ経済および社会不安の中、経済不安、社会不安に関する数多くのレトリックが日本社会にも定着するようになった。経済および家族関係の変化に伴い、日本でも「モラル的組織」(moralizing institutions)のネットワーク型コミュニティーに参加し、自分の人生に新たな安定感とエンパワーメントを求めようとする人々がいる。

本稿は、国際的な宗教団体と国内の倫理団体を対象としたエスノグラフィック・フィールドワークに基づき、こうした先の見えない経済不況下で、個人個人が失いかけた理想的なライフパターンや「中流」としての家族や雇用の在り方を見直し、様々な手段で人生設計(ライフパターン)を調整し自らの安定感を生み出す過程を分析する。

長期不況が生み出した構造改革は失業率の上昇や雇用の不安を一層高め、個人個人の人生設計や家族関係に甚大な影響を及ぼしたのであった。そのため本稿では、ジグムント・バウマンのいうモダニティの「流動性」が個々のメンバーにどういった直接的な影響を与えているか、またどのように対応しようとしているかについて着目する。バウマンのいう経済のモダニティの「流動性」は、人間の象徴的また精神的な側面にも「流動性」をもたらしていることが考察される。しかし、スピリチュアル・セーフティーネットや人的ネットワークで成り立つ「モラル的組織」が提供する「流動性」は、経済不安定を生み出し、社会格差を生む流動性とは異なり、精神面による柔軟性と弾力性があり、メンバーは自分たちの理想としている人生設計や家庭、安定雇用を別の手段や方法で取り組み、また達成する柔軟性や可能性を与えているといえる。

DOI: 10.1515/cj.2011.005 [external]

pp. 71-92

Jagodzinski, Wolfgang
Autonomy, religiosity and national identification as determinants of life satisfaction: A theoretical and empirical model and its application to Japan (生活満足感の決定要因としての自律性、信仰心と国民的一体感:理論的と経験的モデルの日本への応用)

近代化論は伝統社会とも先進社会とも対照をなす。前者の場合、宗教と集団同一性  -  特に民族的帰属あるいは国民的な同一感  -  は統合の手段であり幸福の源である。科学技術および経済の発展はこの機械的連帯の基盤を脆弱化し、個人主義、自己表現並びに自律性という新しい価値を生み出した。いまや幸福とは、自律した市民が自分が立てた目標を達成できれば実現できるものである。個人主義論と集団主義論は概して独立性と自律性を個人主義的な文化的枠組みでの価値としてみなしているが、いまだ集団主義が存続している社会においてはそれらの価値は低いであろう。それで日本ではなぜ幸福度が比較的低いのか説明がつく。

本稿の第一節では、これらの学説の主要変数, すなわち自律性 が論理的にも(個人の)独立と個人主義とは異なるだけではなく、経験的にも後者の概念の指標との相互関係はない。さらに、近代化に伴う自律性の高まりはあっても低調である。この見解は近代化理論の仮定とは異なるが、それでも自律性は将来的には人生の満足感を大いに期待させる。それに比べ、宗教と国民的一体感のポジティブな影響は比較的弱い。自律感の低さは、日本における人生満足度をかなり適切に説明できるものである。

DOI: 10.1515/cj.2011.006 [external]

pp. 93-127

カローラ・ホメリヒ; フローリアン・コールバッハ
Editorial
pp. 1-4